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障害のある子供:保育も変化している

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保育士の仕事

こんにちは😊

独学で保育士資格を取得後、保育園でパート勤務をしている保育士ママです。

今回のテーマは【障害のある子供:保育も変化している】です。

最近、発達障害など一見、目に見えて障害があると分からない子供について、

「うちの子は障害がある」

ということを隠さない親が増えているなぁ…🤔と思うんです。

今から30年以上前、私が子供だった頃は、今で言う発達障害の特性があっても、親は

「個性がちょっと強いだけよぉ!💦」

「だって知能指数は低くないのよ?」

「うちの子が障害児なわけないでしょ?😠」

と、

今であれば“発達障害である”と診断が下りそうな子供でも、なんとかかんとか育ててきた感があると思うのです。

でも今は、保育園でも保護者の方が

「今日は療育(障害児に自立と社会参加の支援をする施設)に行く日なので、○時にお迎えに来ますね〜♪✨(*^_^*)」

「今日はスイミングなので○時にお迎えに来ますね〜!」

ぐらいの明るさでおっしゃる方が多いのです。

一体これはなぜなのか…??🤔

と考えてみたのですが。

やはり「発達障害」という言葉自体が、昔より世間一般に認知されるようになったことも大きいのではないかと。

むしろ

“天才”と呼ばれるようなエジソンやアインシュタイン、スティーブ・ジョブス。

日本では坂本龍馬や織田信長なんかが、今で言う発達障害であったと言われていることもあり。

「天才はみんな発達障害だったのだ😄!」

「今の時代、1つのことに突き抜けた個性を持っている方が、逆に武器になるのだ!」

との考えがスタンダードとなり。

“別に恥ずかしいことではない”

“隠すことではない”

と、子育て世代の親の思考も変わってきているのかな?と。

確かに、何かを成し遂げているような偉人って、

・座っていられない

・約束を守るのが苦手

・やりたくないことを我慢することも苦手

・「みんなで一緒に」みたいなことも苦手

・次々に自分の興味が移る

という、発達障害者あるあるな特性を持っていながら。

でも、ドカン!と大きな結果を残す、

みたいなイメージありますよね。

保育園にもそういう子、います。

でも

「時代は多様性だ〜!」

と叫ばれる世の中になり、ゲイでも黒人でも、身体障害者でも発達障害でも、猫も杓子も

「全てはただの個性なのである😐☝」

で片付けられる。

そういった意味では、

昔より子育てしやすくなったのか??

ディズニー映画でも、

「これは障害があることを暗に示しているんだろうなぁ…」

と思われるキャラクターが出てきたりして。

・『ファインディング・ドリー』のドリー

(言われたことを記憶していられないキャラ)

・『トイ・ストーリー4』のフォーキー

(すぐにいなくなるキャラ)

・『モアナと伝説の海』のニワトリのヘイヘイ

(知能が著しく低いキャラ)

などなど。

どのキャラクターも、“障害がありながらも必ずストーリーの中で何かしら役に立ってる”んですよね。

これらの映画を読み取るに、

「自分のできることをやって、自分なりに社会に貢献すれば良いのだ」

みたいなメッセージを感じます。

ディズニーっぽいですね😊✨👑

ということで。

保育園にいる発達がグレーゾーンな子供達にも、

「みんなと同じ様にやりなさい!!😠」

みたいな、

“無理強いするような保育”は今ではかなり少ないのではないか、と思います。

私の勤務する保育園でも

「○○君は○○な状況な時に△△になりがちなので、そんな時は□□と声掛けをしてみましょう」

などと、全保育者の間で保育情報を共有し、

本人がパニック状態になるのを助長するような声掛けは絶対にしないようにしています。

よく発達障害のある大人で、

「オレ、子供の頃はずっと大人に怒られてたわ〜(ポリポリ)(⁠;⁠^⁠ω⁠^⁠)💧」

みたいな人がいますが。

そうやって育った大人は自己肯定感も低く、なおさら社会に適応するのが苦手になっている方も多いのですよね。

…多様性多様性って、うるさいなぁ🙄

と、思う時もありますが。

保育の現場では、そんな“多様性のある子供”によって、保育の質を変えたりしています。

確かに大変ではありますが、

それでもきめ細かい保育をしていくことで、未来のジョブズが生まれるかもしれない …なんて❤(⁠ ⁠ꈍ⁠ᴗ⁠ꈍ⁠)

そう。

日本から天才が育ちにくいのは、

「みんな一緒に同じこと」を人に強制しすぎなのだから。

【キッズライン】ベビーシッター

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